「コンプレックス」と聞くと、「劣等感」を思い浮かべる人が多いかもしれません。
けれども、ユングの分析心理学でいうコンプレックスは、劣等感とは別の意味をもつ用語です。
ユングは、ある言葉や話題に思わず強く反応してしまうとき、その奥に、本人も気づいていない心のまとまりがあると考えました。
結論から言うと、ユングのいうコンプレックスとは、ある感情を核にして記憶やイメージが集まった心のまとまりのことで、劣等感にまつわるものはその一例です。
- コンプレックスとは、ある感情を核にして、記憶・イメージ・考えが結びついた心のまとまりのこと
- ユングは言語連想検査で、答えが遅れるなどの「反応の乱れ」から、コンプレックスの存在を見つけた
- コンプレックスは自我の思いどおりにならず、勝手に動き出すことがある(自律性)
- 自我も「自我コンプレックス」と呼ばれる1つのコンプレックスで、意識の中心にある点がほかと違う
ユングのコンプレックスとは

コンプレックスとは、ある感情を核にして、記憶やイメージ、考えなどが結びついてできた心のまとまりのことです。
ユングは初期の研究で、これを「感情に色づけられた観念の複合体」と表現しています。
英語の complex には「いくつかのものが組み合わさったもの(複合体)」という意味があります。
1つの感情を中心に、関係のある記憶や考えが寄り集まっているイメージです。
- 核になる感情:人前で失敗したときの恥ずかしさ
- 結びついた記憶:子どものころ、発表で言葉に詰まって笑われたこと
- 結びついたイメージ:自分に集まる、たくさんの視線
- 結びついた考え:「また失敗するかもしれない」
このまとまりがあると、大人になってから人前で話す場面になったとき、自分でも不思議なほど強く緊張することがあります。

つまりコンプレックスとは、ある感情と、それにまつわる記憶やイメージがひとかたまりになったものです。
ユングによれば、コンプレックスがあるのは主に、その人の経験から生まれた個人的無意識の中です。
日常語の「コンプレックス」との違い

普段使っている「コンプレックス」とは、どう違うの?

日常では「劣等感」の意味で使われることが多いですが、劣等感は感情の1つです。ユングのいうコンプレックスは、感情を核にして記憶やイメージが集まったまとまりを指します。
核になる感情は、恥ずかしさのほかにも、怒り・不安・悲しみ・憧れなど、さまざまです。
劣等感を核にしたまとまりは、たくさんあるコンプレックスのうちの1つの例にあたります。

「コンプレックス」と聞くと悪いものに感じるかもしれませんが、ユングの意味でのコンプレックスは、それ自体が悪いものではありません。誰の心にもあるものです。
言語連想検査とコンプレックス
ユングがコンプレックスの考えを深めたきっかけが、言語連想検査です。
言語連想検査とは、読み上げられた言葉から最初に思い浮かんだ言葉を答えてもらい、その答え方を調べる検査のことです。
ユングは1900年代のはじめ、スイスのチューリッヒにあるブルクヘルツリ精神病院で、院長ブロイラーのもと、同僚のリクリンとこの研究を進めました。
言葉の連想を調べる実験はそれ以前からありましたが、ユングが注目したのは、答えにくさのほうでした。
検査の方法
- 検査者が、「机」「花」「父」などの刺激語(標準で100語)を1つずつ読み上げる
- 受ける人は、最初に思い浮かんだ1語で答える
- 検査者は、答えが出るまでの時間(反応時間)をストップウォッチで測る
- ひと通り終えたら、同じ刺激語をもう一度読み上げ、1回目と同じ答えを思い出してもらう
反応の乱れが示すもの
多くの言葉には、すぐに答えが返ってきます。
ところが、ある言葉に限って、答えがスムーズに出てこないことがあります。
ユングは、こうした反応の乱れを、コンプレックスの手がかりとして整理しました。
| 反応の乱れ | 例 |
|---|---|
| 反応時間が長くなる | その人のふだんの速さより、はっきり時間がかかる |
| 答えられない | しばらく黙ってしまい、言葉が出てこない |
| 刺激語をくり返す・聞き返す | 「父…ですか?」と言い直してから答える |
| 答え方が変わる | 1語で答えず文で話す、刺激語と関係の薄い言葉を言う |
| 2回目に思い出せない | 1回目に何と答えたかを覚えていない、違う答えになる |
| 体の反応が出る | 笑ってしまう、顔が赤くなる、言葉に詰まる |
たとえば、「机」には「いす」、「花」には「赤い」とすぐ答えられたのに、「父」と聞いたとたんに言葉が止まり、しばらくして「…仕事」と答えた、という場合です。
ユングは、乱れが集中する言葉のまわりに、本人も気づいていない感情のまとまりがあると考えました。

つまり言語連想検査で見えてくるのは、「なぜかスムーズに答えられない」という形で表れる、コンプレックスの手がかりです。
コンプレックスの特徴
言語連想検査から、コンプレックスは本人の意図とは関係なく反応に表れることがわかりました。
ここから、コンプレックスのいくつかの特徴が見えてきます。
自律性:自我の思いどおりにならない
コンプレックスの自律性とは、コンプレックスが自我の思いどおりにならず、それ自体で動き出す性質のことです。
自我とは、意識の中心にある「私」のことです。
コンプレックスは、その「私」が止めようとしても、勝手に反応を引き起こすことがあります。
- 言うつもりのなかった言葉が、口から出てしまう
- ある話題になると、自分でも驚くほどカッとなる
- 頭では「大丈夫」とわかっているのに、ある場面になると体がこわばる
ユングはコンプレックスを、心の中で独立した小さな人格のようにふるまうもの(部分人格)とも表現しました。
そして、コンプレックスは私たちの中にあるだけでなく、ときに私たちを動かすこともある、と述べています。

「つい」「思わず」「なぜか」と感じる反応の裏に、コンプレックスが働いている場合があります。
誰の心にもある
コンプレックスは、誰の心にもある、ごくふつうの心の働きです。
ユングはコンプレックスを、心の活動が集まる結び目のようなものと考え、それがなければ心の動きが止まってしまう、とも述べています。
強く心が動く場所には、その人にとって大切なテーマが隠れている場合もあります。
ユング心理学では、そうしたテーマに少しずつ気づいていくことが、その人らしく生きていく過程(個性化)にもつながると考えられています。
自我もコンプレックスの1つ
ユングは、意識の中心にある自我も、コンプレックスの1つと考え、自我コンプレックスと呼びました。
自我コンプレックスとは、「私」という感覚を核にして、記憶や考えが結びついたまとまりのことです。
そのうえで自我は、意識の中心にあるという点で、ほかのコンプレックスとは立場が違います。
ふだんは自我が中心にいて、ほかのコンプレックスは無意識の側にあります。
しかし、あるコンプレックスが強く動き出すと、自我が一時的に押しのけられることがあります。
たとえば、誰かの何気ない一言に強い怒りがこみ上げたとき、思わずきつい言葉を口にしてしまい、あとから「なぜあんなことを言ったんだろう」と思ったことはないでしょうか。
このとき、言葉を選んだり、気持ちを抑えたりする自我の働きよりも、コンプレックスの力のほうが強くなっています。


日本語でいう「我を忘れる」は、まさに、ほかのコンプレックスに自我の座をゆずってしまった状態だと言えます。
つまり、心の中ではいくつものまとまりが動いていて、ふだんはその中心に自我がいる、というのがユングの考え方です。
フロイトとユングのコンプレックスの違い
ユングの言語連想研究は、本人の気づいていない心の働きを実験で示したものとしてフロイトにも注目され、1906年ごろから始まる2人の交流のきっかけの1つになりました。
コンプレックスという言葉も、その後、精神分析の中で広く使われるようになりました。
フロイトはのちに、エディプス・コンプレックスを理論の中心に置きました。
エディプス・コンプレックスとは、幼い子どもが異性の親に愛情を向け、同性の親をライバルのように感じる心の葛藤のことです。
このようにフロイトは、コンプレックスを主に性的な願望をめぐる葛藤と結びつけて考えました。
一方でユングは、恥ずかしさや怒り、不安など、さまざまな感情体験からコンプレックスが生まれると考えました。
大きく言えば、ユングはコンプレックスを、性的な葛藤に限らない、より幅広い心のまとまりとして捉えました。
まとめ
- ユングのいうコンプレックスは、ある感情を核に記憶やイメージが結びついた心のまとまりで、劣等感にまつわるものはその一例
- ユングは言語連想検査で、答えが遅れるなどの反応の乱れが集中する言葉から、本人も気づいていないコンプレックスを見つけた
- コンプレックスは自我の思いどおりにならずに動き出す自律性をもち、誰の心にもある
- 自我も意識の中心にあるコンプレックス(自我コンプレックス)で、ほかのコンプレックスが強く動くと、一時的に押しのけられることがある




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