ユングの分析心理学とは?意識・個人的無意識・集合的無意識をわかりやすく解説

ユングの分析心理学とは?本棚の前の古い机に本とコーヒーカップが置かれたイラスト 心理学を学ぶ

スイスの精神科医ユングは、臨床心理学では、フロイトと並んで名前が挙がることの多い人物です。
「集合的無意識」や「元型」という言葉を聞いたことはあっても、それが心のどこを指しているのかは、つかみにくいかもしれません。

ユングは、心には本人が気づいている部分よりも、ずっと広い領域があると考えました。

結論から言うと、ユングの分析心理学は、心を「意識」「個人的無意識」「集合的無意識」の3つの層で捉え、いちばん奥には人類に共通する心の型があると考えた心理学です。

この記事でわかること
  • 分析心理学とは、ユングが創始した心の理論と心理療法の体系のこと。ユング心理学とも呼ばれる
  • 自我とは意識の中心にある「私」のことで、ユングは自我もコンプレックスの1つと考えた
  • 個人的無意識とは、その人の経験から生まれ、今は意識されていない心の領域のこと。忘れたこと・抑圧したこと・気づかずに受け取ったことなどが含まれる
  • 集合的無意識とは、人類に共通して生まれつき備わっているとされる心の層のこと。そこには誰もが似たようなイメージを思い描く心の型である「元型」がある

ユングの分析心理学とは

挿絵の入った古い本を開いたところ(昔から語り継がれてきた物語の本のイメージ)

分析心理学とは、スイスの精神科医ユング,C.G.が創始した、心の理論と心理療法の体系のことです。日本では「ユング心理学」とも呼ばれます。

分析心理学は、フロイトの精神分析、アドラーの個人心理学と並んで、深層心理学(無意識を重視する心理学)の代表的な流れの1つです。
3つとも、本人が気づいていない心の働きが、感情や行動に影響すると考える点で共通しています。

ユングは、はじめはフロイトとともに精神分析の発展に関わっていました。
しかし、無意識やリビドー(心のエネルギー)の捉え方の違いから、1913年ごろにフロイトと決別します。

分析心理学は理論だけでなく心理療法の方法でもあり、その考え方は、夢分析や箱庭療法などに生かされています。
箱庭療法は、ローエンフェルトの「世界技法」にユングの考えを取り入れてスイスのカルフが発展させた方法で、河合隼雄が日本に紹介しました。

「分析心理学」と「ユング心理学」は、同じものを指す言葉です。学術的な名前が分析心理学で、提唱者の名前をとって呼んだのがユング心理学です。

心を3つの層で捉える

ユングの考えた心の3つの層を、上が狭く下が広い台形で示した図。上から、中央に自我がある意識、個人的無意識、集合的無意識の順に深くなる

分析心理学の土台にあるのが、心を3つの層で捉える考え方です。
いちばん表面にあるのが、本人が気づいている意識で、その中心に自我があります。

意識の下には、その人の経験から生まれた個人的無意識があり、さらに奥に、人類に共通する集合的無意識があるとされます。
下の層ほど、本人が意識することは難しくなります。

ユングの自我とは?意識の中心にある「私」

自我とは、意識の中心にあって、「私」として感じられている心のまとまりのことです。

ユングは自我を、意識の中心にあり、高い連続性と同一性をもつもの、と定義しています。
連続性と同一性とは、昨日の自分も今日の自分も「同じ私だ」と感じられることです。

私(自我)が気づいているものが「意識」

ユングによれば、考えや気持ち、記憶などが「意識されている」とは、私(自我)がそれに気づいている状態のことです。

意識されている状態の例
  • 「今、この記事を読んでいる」と自分でわかっている
  • 昨日の出来事を、「自分が体験したこと」として思い出せる

私(自我)が気づいている中身の全体が「意識」です。

自我もコンプレックスの1つ

ユングは、自我のことを自我コンプレックスとも呼びました。
ここでいうコンプレックスは、日常語の「劣等感」とは別の意味で、感情を核にして記憶やイメージが結びついた心のまとまりのことです。

つまりユングは、自我も「私」という感覚を核にした、ひとつのまとまりだと考えました。
そのうえで自我は、意識の中心にあるという点で、ほかのコンプレックスとは立場が違います。

自我と自己(セルフ)の関係

心の3つの層を示す台形の全体を中かっこでくくって「自己(セルフ)=心全体」とし、いちばん上の意識の層の真ん中に自我がある図

自我とよく似た言葉に、自己(セルフ)があります。
ユングは、自我を意識の中心とする一方で、意識と無意識を合わせた心全体を自己と呼びました。

指している範囲
自我意識の中心。考えや気持ちに気づいている「私」
自己(セルフ)意識と無意識を合わせた心全体

図で見ると、自我は意識の部分の中にあり、自己は意識も無意識も含めた心全体を包んでいます。

自我が「私」として把握しているのは、心全体のうちの意識の部分です。

私(自我)が気づいていない残りの部分について、ユングは次の2つの層に分けて考えました。

ユングの無意識とは?個人的無意識・集合的(普遍的)無意識

ユングのいう無意識とは、私(自我)が気づいていない心の領域のことです。

ユングは無意識を、浅いほうの個人的無意識と、深いほうの集合的無意識に分けました。
2つの違いは、どこから生まれたかにあります。

個人的無意識集合的無意識
どこから生まれたかその人自身の経験生まれつき備わっている
人による違い一人ひとり中身が違うすべての人に共通
主な中身コンプレックス元型

個人的無意識

個人的無意識とは、その人自身の人生経験から生まれ、今は意識されていない心の領域のことです。

中身はもともと、その人自身の経験や心の動きから生まれたものなので、きっかけがあれば意識にのぼってくることもあります。
ユングによれば、個人的無意識には次のようなものが含まれます。

中身例
忘れたもの子どものころに通っていた店の名前。きっかけがあれば思い出せる
抑圧したもの受け入れがたく、意識から締め出された記憶や気持ち
気づかずに受け取ったもの店で流れていて、聞いたつもりのない曲を、あとで口ずさんでいる
まだ意識にのぼっていないもの言葉になる前の考えや、これから育っていく考えの芽

ポイントは、個人的無意識には、これから意識にのぼってくるものの芽も含まれていることです。

そして、これらの中身の多くは、感情を帯びたコンプレックスとしてまとまっています。
自我のところで触れた「感情を核にした心のまとまり」が、個人的無意識の中にもいくつもある、ということです。

たとえば、ある話題になると、自分でも意外なほど強く反応してしまうことがあります。
ユングは、こうした反応の背景に、本人が気づいていないコンプレックスが関わっていることがあると考えました。

一人ひとりの経験から説明できる無意識を個人的無意識と言います。
しかしユングは、個人の経験だけでは説明しきれないものが、心のさらに奥にあると考えました。

集合的無意識

集合的無意識とは、個人的無意識のさらに奥にあり、人類に共通して生まれつき備わっているとされる心の層のことです。

本によっては普遍的無意識とも訳されますが、同じ概念です。

ここでいう「集合的」は「すべての人に共通する(普遍的な)」という意味です。

遠く離れた国や時代の神話や昔話には、よく似た人物や場面がくり返し出てきます。
ユングは、患者の見る夢にも、本人が知らないはずの神話とよく似たイメージが表れることに注目しました。

ユングは、人間には生まれつき、誰もが似たようなイメージを思い描く心の型が共通して備わっていると考えました。

元型

元型(アーキタイプ)とは、集合的無意識の中にある、誰もが似たようなイメージを思い描く心の型のことです。

元型そのものは目に見えず、夢や神話、昔話の中に、具体的な人物や場面として表れたときに、はじめてその姿がわかります。
表れ方は時代や文化、その人によって違っても、根っこにある型は同じだと考えられています。

「母」の元型の表れ方の例
  • 神話に出てくる、すべてを生み出す大地の女神
  • 宗教で大切にされる聖母
  • 昔話に出てくる、山姥(やまんば)や魔女
  • 夢の中に出てくる、包みこむような大きな女性

ユング心理学では、これらはどれも、「包みこんで守ってくれる一方で、ときには飲みこんでしまう大きな存在」という同じ「母」の型が、違う姿で表れたものです。

ユングはほかにも、「英雄」「老賢者」などの元型を挙げています。
よく知られる「ペルソナ」「シャドウ」「アニマ・アニムス」も、元型として説明されています。

ユングははじめ、この型を「原始心像」と呼んでいて、のちに「元型」という言葉を使うようになりました。

集合的無意識とは、人類に共通する心の型(元型)がある層で、その型が夢や神話の中に、似たような人物や場面として表れる、というユングの考え方です。

フロイトとユングの無意識の違い

この集合的無意識を考えたことが、ユングとフロイトの大きな違いです。
また、同じ「自我」「リビドー」という言葉を使っていても、2人では意味する範囲が違います。

観点フロイトユング
無意識の中身主に、抑圧された個人的な願望や記憶個人的無意識に加えて、人類に共通する集合的無意識がある
リビドー主に性的なエネルギー心のエネルギー全般
自我イド・超自我・現実のあいだを調整する心の働き意識の中心

大きく言えば、ユングは、フロイトの考えた無意識を、より広く深いものとして捉え直しました。
はじめに触れた2人の決別も、この無意識とリビドーの捉え方の違いが背景にあります。

まとめ

この記事のまとめ
  • ユングの分析心理学は、心を意識・個人的無意識・集合的無意識の3つの層で捉える心理学で、フロイトから独立する中で生まれた
  • 意識の中心にあるのが自我で、「私」の感覚を核にしたコンプレックスでもある。意識と無意識を合わせた心全体は自己(セルフ)と呼ばれる
  • 無意識のうち、個人的無意識はその人の経験から生まれた層で、中身の多くはコンプレックスとしてまとまっている
  • 集合的無意識(普遍的無意識)は人類に共通する層で、そこには、誰もが似たようなイメージを思い描く心の型(元型)がある

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