
さっき言われたばかりのことなのに、もう思い出せない

取引先との電話の内容を、切った直後に忘れてしまった

「さっき言ったよね?」と言われて、気まずくなった
このような経験に、心当たりがある方も多いのではないでしょうか。
「自分は記憶力が悪いのかもしれない」「もしかして自分は不注意なのでは」と、不安になってしまうこともあると思います。
実は「言われたことをすぐ忘れてしまう」という現象は、心理学では「ワーキングメモリ」という記憶の仕組みから説明できる部分が多くあります。この記事では、その仕組みと忘れやすくなる理由、今日から取り入れやすい対策を一緒に見ていきたいと思います。
- ワーキングメモリとはどのような仕組みか
- 口頭の指示や電話の伝言だけが極端に苦手になることがある理由
- 言われたことを忘れやすくなる、ワーキングメモリ以外の理由
- 今日から取り入れやすい対策5選
- 言われたことをすぐ忘れてしまうときに考えておきたいこと
ワーキングメモリとは?
人から何かを言われたとき、聞いた情報を一時的に頭の中に保ちながら、その内容を理解したり、覚えたりする必要があります。こうした働きに関わっているのが「ワーキングメモリ」です。
ワーキングメモリとは?:情報を一時的に保持しながら、同時にその情報を使って考えたり判断したりするための、記憶の仕組み。
例:口頭で聞いた住所をメモ用紙に書き移すまでの間、頭の中で繰り返しながら保持しておく能力
似た言葉に「短期記憶」がありますが、短期記憶が情報の保持を指すのに対し、ワーキングメモリは情報を保持しながら整理したり、他の情報と結びつけたりすることを言います。
ワーキングメモリには、容量の限界があり、一度に保持できる情報のまとまり(チャンク)は、4個前後ではないかと考えられています(Cowan, 2001)。
つまり、一度にたくさんのことを言われると、ワーキングメモリの容量を超えてしまい、聞いたはずの内容の一部がこぼれ落ちてしまうことがあるのです。
音韻ループ
ワーキングメモリには、扱う情報の種類によっていくつかの働きに分かれており、その一つに「音韻ループ」があります。
音韻ループとは、耳から入ってきた言葉を一時的に保持し、頭の中で復唱することで、消えていく前につなぎとめておく働きをします(Baddeley & Hitch, 1974)。
話し言葉は、文字と違ってその場で消えていくため、音韻ループは、聞いた内容を一時的に保持するうえで重要な役割を果たしています。
書かれた文章であれば、忘れてしまってももう一度読み返すことができます。一方、口頭での指示や電話の伝言は、聞き逃したり、頭の中から抜け落ちたりすると、その場ですぐに確認することができません。そのため、音韻ループを含むワーキングメモリの働きが、聞いた情報を一時的に保つうえで関係しています。

「言われたことだけ忘れてしまう」という場合も、ワーキングメモリの働きが関係している可能性があります。ただし、注意の向きやすさや疲労、ストレスなど、別の要因が影響していることもあります。
言われたことを忘れやすくなる、ワーキングメモリ以外の理由
ここまで見てきたワーキングメモリの容量や、音韻ループの苦手さは、「言われたことを忘れる」ことの大きな理由の一つですが、それだけがすべてではありません。他にも、次のような理由が重なっている場合があります。
- 注意がそれやすい環境
- 疲労やストレスで、覚える余裕がない
- 似たような情報が入り混じって、記憶を邪魔し合う
- 覚えたつもりが、記憶として定着していない
①注意がそれやすい環境
注意がそれやすい環境で話を聞くと、その内容はうまく記憶に残りません。
たとえば、テレビの音声のように、意識して聞いていない話し言葉が周りで流れているだけでも、その言葉が音韻ループに入り込み、覚えようとしている内容の記憶を妨げてしまうことが分かっています(Salamé & Baddeley, 1982)。また、他の作業をしながら話を聞くなど、注意を2つ以上のことに分けている状態も、話の内容が記憶に残りにくくなることが示されています(Craik et al., 1996)。

忘れてしまう原因は、自分のせいだけではなく、周りの環境も影響しています。
②疲労やストレスで、覚える余裕がない
疲れていたり、ストレスを感じていたりすると、新しい情報を覚える余裕そのものが少なくなります。ストレスを感じたときに分泌されるホルモンの一種であるコルチゾールは、記憶に関わる脳の働きを妨げることがあると言われています。

「今日は覚えが悪いな」と感じるとき、それは記憶力そのものというより、そのときの心身の状態が影響している場合もあります。
③似たような情報が入り混じって、記憶を邪魔し合う
続けて似たような内容を聞くと、前に聞いた情報と後から聞いた情報が互いに邪魔し合い、思い出しにくくなることが、実験でも確認されています(Keppel & Underwood, 1962)。
たとえば、電話で似たような案件の連絡を続けて受けると、前の案件の内容が新しい情報にかき消されてしまうことがあります。
④覚えたつもりが、記憶として定着していない
ワーキングメモリに入った情報は、そのままにしておくと時間とともに薄れていきます。復唱などによって情報を保たないままにしておくと、聞いた内容は短時間のうちに思い出しにくくなっていきます。
復唱したり、頭の中で整理したりして、より長く保持できる記憶(長期記憶)に移す作業をしない限り、聞いた内容は短時間で抜け落ちてしまいやすいようです。
原因はワーキングメモリだけとは限らず、こうした理由が複数重なっていることも多いです。まずは自分の場合、どれが近いかに目を向けてみることが、対策を考える最初の一歩になるかもしれません。

言われたことをすぐ忘れてしまうことは誰にでも起こりうるものです。
まずは自分を責めるのではなく、どんな場面で忘れやすいのかを振り返ってみることから始めてみてはいかがでしょうか。
今日から取り入れやすい対策5選
言われたことを完全に忘れないようにすることは難しくても、記憶に残りやすくするための工夫はいくつかあります。
①メモを取る
聞いた内容をその場で書き留めることで、ワーキングメモリにかかる負担を大きく減らすことができます。覚えておく代わりに、後で見返せる「外部の記憶」を作っておくイメージです。
②自分の言葉で復唱する
聞いた内容を、自分の言葉で繰り返してみる方法です。「〇〇を△△まで、ということですね」というように声に出す、または頭の中で繰り返すことで、ワーキングメモリの中で情報を保持できる時間を少し延ばすことができます。
③一度に伝えてもらう情報量を減らす
指示や連絡を複数まとめて受け取りそうなときは、「今のところまでで大丈夫です、続きをお願いします」というように、区切って聞かせてもらうことも一つの方法です。ワーキングメモリで一度に処理する情報量を減らすことで、抜け落ちを防ぎやすくなります。
④自分の言葉で要約してみる
聞いた内容を、自分なりの短いフレーズにまとめ直してみる方法です。ただ聞き流すよりも、意味を考えながら整理し直すことで、記憶として定着しやすくなるとされています。
⑤視覚化する
図に描く、スマートフォンにメモを残す、付箋に書き出すなど、視覚的な手がかりを併用する方法です。音声だけに頼らず目で見て確認できる形にしておくことで、思い出す手がかりが増えます。

「記憶力が悪いのかも」「不注意なのかも」と不安になったら

「不注意なのかも」と心配になることがあります。

言われたことをすぐ忘れてしまう原因を、一つに絞ることは難しく、一概には言えません。睡眠不足や疲労、ストレスが続いていないかなど、他の要因にも目を向けてみることが、自分の状態を理解する手がかりになるかもしれません。
言われたことを忘れてしまうことで極端に日常生活や仕事に支障が出ている場合には、医療機関や専門家に相談してみることも選択肢の一つです。
まとめ
- 言われたことをすぐ忘れてしまう背景には、「ワーキングメモリ」という記憶の仕組みの容量の限界や、耳からの情報を保持する「音韻ループ」の苦手さが関係していることがある
- それ以外にも、注意が向きにくい環境・疲労やストレス・情報の干渉・記憶の定着不足など、いくつかの理由が重なっている場合がある
- メモを取る、復唱する、情報量を減らしてもらう、自分の言葉で要約する、視覚化することなどが対策の一つ
- 言われたことをすぐ忘れてしまう原因は一つに絞れず、気になる場合は専門家に相談することも選択肢の一つ
言われたことをすぐ忘れてしまうのは、記憶力や努力が足りないからではなく、誰にでも起こりうる記憶の仕組みによるものだと思われます。まずは自分に合いそうな工夫から、少しずつ取り入れてみてはいかがでしょうか。
参考文献
- 脳科学辞典「ワーキングメモリー」(平林敏行、2023年)
- S・E・ギャザコール、T・P・アロウェイ(著)湯澤正通・湯澤美紀(訳)(2009)『ワーキングメモリと学習指導:教師のための実践ガイド』北大路書房
- Cowan, N. (2001). The magical number 4 in short-term memory: A reconsideration of mental storage capacity. Behavioral and Brain Sciences, 24(1), 87–114.
- Keppel, G., & Underwood, B. J. (1962). Proactive inhibition in short-term retention of single items. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 1(3), 153–161.


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